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2026.06.18

〈見えるもの〉と〈見ること〉の探求  常設展示 関根勢之助によせて 長田 里恵

展示風景

関根勢之助について

 関根勢之助(1929-2003)は、絵画、オブジェ、写真、言葉、線描など多様な表現を通して、〈見えるもの〉と〈見ること〉の関係を探求した美術家です。

彼は、1953年に京都市立美術専門学校(現・京都市立芸術大学)西洋画科研究科を修了し、当初はアンフォルメル[i]の影響を受けた抽象絵画を制作しました。やがて、絵画表現だけではなく、オブジェ、写真、言葉などを用いながら、独自の表現を展開しました。1959年結成の「ZEROの会[ii]」に参加し、ジャンルを超えた仲間との交流によって、美術の新しい可能性を模索しました。

 1967年からは母校である京都市立芸術大学の教壇に立ち、後に教授、学生部長などを歴任しました。そして、現在の構想設計学専攻[iii]の基盤づくりにも尽力し、多くのアーティストや様々な分野で活躍する人材を育てました。

 また、富山県では、「ZEROの会」で出会った文学者・美術評論家の津山昌(小矢部市出身、アートスペース砺波館長)との縁により、「ZEROの会 富山展」(1970年/富山県民会館)、「アートイベント砺波’88」(1988年/アートスペース砺波)、「郷土作家シリーズ5 津山昌の眼」(2001年/砺波市美術館)などで作品を発表しました。こうした経緯から、2004年にご遺族より46点の作品が当館へ寄贈されました。

 

〈見えるもの〉と〈見ること〉の探求

 1960年代後半から関根は、平面的な絵画表現から離れ、オブジェと言葉を組み合わせた作品を制作するようになりました。鉄、木、ガラス、布などで作られた単純な形のオブジェには、「地下水」「夢の性質」「陳述」など、目には見えないものを示す言葉が書き込まれています。これらの作品では、素材や形そのものよりも、言葉によって生まれるイメージが重要です。

《陳述 Color's Statement 2》では、色のついた大きな布が天井から吊るされ、その下に黒い木箱が置かれています。箱のフタには作品名が記され、中を覗くと三つに仕切られた底に「red-desire 欲望」「green- revival復活」「yellow- season季節」と書かれています。

 鑑賞者は、まず色彩や形に注目しますが、作品に近づき、記された言葉に気づいた瞬間、意味やイメージへ意識を向けることになります。その色と結びついた言葉から受け取った印象は、人それぞれ異なるでしょう。関根は、オブジェと言葉を結びつけることで生まれる想像や認識の働きを作品化しました。

関根勢之助《陳述 Color's Statement 2》1978年
木箱

 関根はさらに〈見る〉行為そのものを探求していきます。前段の仕事では、〈見ること〉によって〈見えるもの〉のイメージや意味を意識させました。今度は、〈見る〉対象そのものより、人は「どう見ているか」へと関心が移ります。彼は1980年代半ばから、二つの〈見る〉行為の実験を並行して行っています。

 《見えるもの/見ることのデッサン》のシリーズでは、〈見る〉行為の過程そのものを作品化しようと試みました。画面上には写真、下には抽象的なドローイングが並んでいます。構造自体はシンプルで、鑑賞者は、この二つに異なる役割を感じ取り、かつ両者が関連しているものとして認識できるでしょう。

関根勢之助《見えるもの/見ることの デッサン 3》1988年

 しかし、このドローイングは、〈見えるもの〉である対象を再現するためのものではなく、見ている最中の感覚や認識の動きを線として表したものです。例えば、飛ぶ鳥を見る時、私たちは鳥の動きを目で追い、その先の動きを予測しながら見ています。さらに、そこには記憶やイメージ、時間の感覚なども重なっています。私たちは、単に「目」でものを見ているのではなく、自身の記憶や感覚を重ねながら世界を認識しているのです。

 本作にドローイングとして残された〈見ること〉の痕跡は、関根自身の経験、思想、世界観を通して残されたものです。対象はダンサー、風景、鳥と続き、イコンで終わります。前半のドローイングは、その対象の動きや感覚を追ったような線が描かれ、直感的に提示されたものと照らし合わせることができます。対して、イコンのドローイングは、渦巻きのように線が何層も重なり、時間の経過とともに対象から大きく遠ざかっているように感じます。ここから、関根が信仰を導くための媒体であるイコンと対峙した際、より多様で複雑な感情、思考をもって、その対象を〈見た〉と伝わってきます。

 オブジェと言葉の仕事は、鑑賞者の中でイメージが立ち上がる舞台装置のような作品であり、関根自身の主観的な感覚などは、表立って提示されていません。しかし、《見えるもの/見ることのデッサン》のドローイングは、関根自身の〈見る〉過程つまり、関根がどう世界を見ているかが記されています。関根は、自らの〈見る〉過程をあえてさらけ出すことで、私たち鑑賞者に対して、「あなた自身は、人は、どのように世界を見ているのだろうか」と投げかけているのではないでしょうか。

 そして、もう一つの実験では、〈見えるもの〉と〈見ること〉の両者の関係を深めるために、目を閉じて描く、ブラインドドローイングという、新しい試みに立ち向かいました。彼は、この実験によって、逆説的に、描くという行為が、〈見る〉行為に支えられていると改めて認識しました。

関根勢之助《絵画時間 40分》c.1984年

 本来、絵を描くことは、「対象を見る」「描いた線を見る」という行為を繰り返すことで作品が完成します。《見えるもの/見ることのデッサン》では、なお「見る」対象が存在していました。しかし、ブラインドドローイングでは、その対象さえ取り払われています。ここでは、目を閉じ、暗闇の中で浮かぶ記憶やイメージ、思考などによって、頭の中で〈見えるもの〉をドローイングしています。そこで生まれた線は、形そのものの意味を表すものではなく、手の動きや時間、意識、呼吸の痕跡といえます。

 これらは時間の経過と共に進行するため、従来のような画面に固定される空間表現ではなく、演劇や音楽のように、時間の中で進行する表現として捉えられています。それが、ブラインドドローイングの《絵画時間》という作品名に繋がります。

 このように、関根は、その時々の関心に応じて実験的な試みを重ねながら、〈見えるもの〉と、〈見ること〉の関係を問い続けました。暗闇の中でも、〈見えるもの〉があるということは、私たちが単純に視覚だけで対象を捉えているのではなく、意識や身体を通して世界を知覚することを示しています。彼の実験的な試みや作品を通して、これまで私たちが無造作に行っていた〈見る〉という行為について、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。

(砺波市美術館 主任 学芸員 )

 

 

 


参考文献

『関根勢之助1929-2003』企画・監修 京都市立芸術大学構想設計研究室(発行2013年 美学出版)

『アートイベント砺波'88』編集 アートイベント砺波'88実行委員会(発行1988年 アートスペース砺波)

『20世紀の美術』監修 末永照和(発行2000年 美術出版社)


[i] フランス語で“非定形(不定形)”を意味し、1940年代半ばから1950年代にかけて、フランスを中心におこった、前衛的な抽象絵画運動です。激しい筆遣い、厚塗りの絵肌、感情の表現など、物質性と行為が重要視されました。共感した多くの作家は、戦後傷ついた世界で、既存美術の人間やものの美しさを否定し、存在そのものを表現しようとしました。日本では、1950年代半ばに紹介され、ジャンルを超えた美術家たちに大きな影響を与えました。

 

[ii] 研究会を主体に「種々のジャンルの交流によって現代の共通の問題を論じ、芸術の新しいリアリテを追求する集まり」としてスタート。絵画では国又宏、藤波晃、関根勢之助、森本岩雄、彫刻では上田弘明、三宅五穂、井上平八郎、宮永理吉の8人の美術家と、土肥美夫、津山昌の2人の文学者が参加。顧問として哲学者の矢内原伊作が加わりました。

 

[iii] 学生が自ら定めた研究テーマについて、素材・技術・情報などを横断的に学び、芸術として構築していく専攻科。